医療法人 天声会 おおもと病院

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医療現場のスペシャリストたち

2024年6月3日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

岡山大学医学部第一外科開講100周年記念誌から抜粋

おおもと病院と共に20年第一外科の思い出とともに

岡山大学医学部第一外科開講100周年記念誌 2022年

おおもと病院と共に20年第一外科の思い出とともに

おおもと病院 理事長・院長

磯﨑 博司(昭和49年入局)

 昭和49年(1974年)に岡山大学を卒業、第一外科に入局、高知県立中央病院、土庄町立中央病院、姫路中央病院に勤務した。その後、岡島邦雄先生が大阪医科大学一般・消化器外科教室の教授に赴任されたため、卒後7年目に同教室に入局し、結局17年間を教室員として過ごし、研究や学会活動、論文作成などに奔走した。その間、昭和63年(1988年)から1年間フランスパリ大学 肝胆道移植外科部門(ビスムート教授)に留学した。平成10年(1998年)より、24年ぶりに、岡山大学に第一外科講師としてもどることとなった。きっかけは、横浜市立大学主催の講演会で講演する機会を得て、同席演者が田中紀章教授(第一外科)と三輪晃一教授(金沢大学第二外科)であったことである。ここで田中教授と初めてお目にかかることが出来、また、この時の三輪教授の胃癌に対するセンチネルナビゲーションの革新的術式にも衝撃を受けた。

 第一外科教室にもどって、医学部野球部出身の第一外科連中、門脇嘉彦(平3入局)、中尾篤典(平4入局)、尾崎和秀(平5入局)、宇野 太(平8入局)先生たちが歓迎会を開いてくれた。この野球部歓迎会は突然で、本当に嬉しかった。故郷に帰った気がした。私が第一外科に入局した当時、元野球部は私一人であったが野球部出身者が第一外科に多いのに驚いた。昭和49年の入局時、医局対抗野球に負け、当時の故・藤井康宏医局長(昭35入局)に飲み屋でこっぴどく怒られたのを思い出した。医局対抗野球には結構真剣になった。この当時は49歳であったが、大阪医大では、前年まで現役で医局対抗野球に6連覇していた。学生時代は1番センターが多く、医局対抗野球でも皆が気を使ってくれて1番センターが多かった。そして遂に平成12年の医局対抗野球で優勝した(詳細は開講記念会誌に宇野君が面白く紹介してくれている)。バッテリーは投手・吉田龍一(平12入局)と捕手・宇野(平8入局)、内野の中心は児島 亨(平11入局)君らであった。医局対抗野球は整形外科や脳外科が強く、第一外科が優勝した記録は当時なく、その後も優勝した報告もないので、私の記憶ではこれ一回のみと思う(写真1、記念集合写真の中央で優勝賞状をもっているのが私)。

 岡山大学では第一外科と中央手術部で5年間を過ごしたのち、平成15年(2003年)おおもと病院に就職した。今まで、蓄積した研究や臨床の経験を世に生かせる絶好の機会だと思った。

 おおもと病院は(写真2)、昭和52年(1977年)、山本泰久先生が作られた病院で、医師は第一外科西研究室で山本先生が指導された4人(故・岩藤真治、酒井邦彦、石原清宏、庄 達夫)先生方であった。1988年に医療法人天声会おおもと病院となった。天声とは山本先生が師匠の陣内傳之助先生より賜った記念メスの名である。現在は乳癌や消化器癌を専門とする病院として、病床数は51床、現在まで約6700例の乳癌、1780例の胃癌の手術、そして年間、6000例前後の上下消化管内視鏡検査を行っている。

 おおもと病院は開院当初より盛況で、1年後には病床を50から120まで増やし、4年後より大阪医大から研修医が派遣された。常勤としては大阪医大からは故・石賀信史、村上茂樹(鳥取大卒)、香川医大から髙間雄大、第一外科から梅岡達生(平6入局)、竹田正範(平10入局)、松本 柱(昭60入局)先生たちが加わった。

 私が、おおもと病院に就職してからもうすぐ20年となる。大阪医科大学時代は、一般・消化器外科であり、守備範囲は広く、色々な手術を経験した。特に、フランスから帰国後は肝胆膵の主任も兼任していたので、おおもと病院でも消化器癌の多くを担当させてもらった。乳がんは当時、山本先生が多くを執刀されていたが、後年は私も執刀する機会を多く得た。

 平成13年(2001年)の第一外科の出来事年表に、「胃がんに対しての鏡視下手術、センチネルノード・ナビゲーション・サージェリー、機能温存手術の積極的取り入れ」とある。ここで第一外科でのセンチネルノード多施設研究から、おおもと病院に続いた胃がんに対するセンチネルノードナビゲーション手術の経緯について触れておきたい。

 先に述べたように、三輪教授の胃癌に対するセンチネルナビゲーションの術式には衝撃を受けたが、岡山大学に帰局して、田中紀章教授にEGI外科手術手技研究会の立ち上げを命じられた折、第一外科の関連病院で、胃のセンチネルノードの多施設研究を申し出た。そして、16施設にお願いして144例を集積した(2000~2002年)。その結果、早期胃癌における偽陰性は低率であり、十分臨床応用可能との結論だった。胃癌学会誌のGastric cancerに発表し(文献1)、西記念賞をいただいた。

 おおもと病院に赴任して考えたのは、「これで終わったのでは、患者さんにそのメリットを還元できない」との思いであった。そこで、早期胃がんに対するセンチネルノードナビゲーション手術の臨床応用を開始し、徐々に症例を集積した。だが、胃切除後障害程度や術後QOLの包括的で確かな評価法がなかった。その折、2013年、胃外科・術後障害研究会で胃切除後障害評価質問表(PGSAS-45)が作成された。私は、患者さん達にこの質問表を渡し、回答を得たがその解析方法が解らなかった。そこで慈恵医科大学の中田浩二先生に協力をお願いして統計学的解析をして頂いた。その結果、当院のセンチネルノードナビゲーションによる縮小手術後のQOLは極めて優れていた。苦労の末、Acta Medica Okayama に採用された(文献2)。

 センチネルノードナビゲーションによる縮小手術の生存成績もきわめて良好であり、2019年、日本消化器外科学会の英文誌であるAGS(Annals of Gastroenterological Surgery)に採用掲載された(文献3)。

 このようにセンチネルノードナビゲーションは、独自の結果として、センチネルノードの高い正診率(低い偽陰性率)、術後QOLの向上(標準手術より良い)、高い生存率(標準治療と同等)の3つが証明され完結した。

 乳がん診療については、山本先生は高齢になると私に手術依頼することも多くなったが、一方では、先生は開院以来のデータを乳がん登録データベースに全症例を打ち込むことを続けていた。私も自分で執刀し、患者を担当することが多くなると、調べたい臨床上の疑問が生じた。そこで、乳がんの腋窩リンパ節郭清後リンパ排液と手術手技に関する論文(文献4)、術前の針生検(CoreNeedle Biopsy, CNB)で非浸潤乳癌と診断された場合の術前画像と外科療法(文献5)、粘液癌の臨床像(文献6)、の3つの論文を書き、専門医試験に無事合格し、今年(2022年)1月からは当院3人目の乳腺専門医になることが出来た。

 これら乳癌の3論文を書いて、なによりも嬉しかったことは、おおもと病院の開院以来の乳癌症例がこれら論文の中に生きたことである。  創設者の山本泰久先生は昨年(令和3年、2021年)の11月5日ご自身のお誕生日に90歳で退職された。

 山本先生が私に残した言葉として、「自分の年まで(私の場合あと17年)頑張れ」とのことであった。現在は医療法人の形態を“持ち分あり”から“持ち分なし”に移行した。現在の体制としては、医師常勤、磯﨑、松本、村上、髙間、石原、非常勤、庄、瀧上隆夫、菊地覚次、田淵陽子である。また昨年は野木祥平君(平29卒)、今年は森分和也君(平30卒)の優秀な後期研修医も派遣していただいた。もう築45年の老体病院である。今後の新築を含めた病院の在り方を検討中である。

(文献)

1. Isozaki H, et al. : An assessment of the feasibility of sentinel lymph node-guided surgery for gastric cancer. Gastric Cancer (2004) 7:149-153

2. Isozaki H, et al. : Diminished Gastric Resection Preserves Better Quality of Life in Patients with Early Gastric Cancer. Acta Med Okayama (2016) 70:119-130

3. Isozaki H, et al. : Survival outcomes after sentinel node navigation surgery for early gastric cancer. Ann Gastroenterol Surg (2019) 3:552-560.

4. Isozaki H, et al. : Impact of the surgical modality for axillary lymph node dissection on postoperative drainage and seroma formation after total mastectomy. Patient Saf Surg (2019) 14:13:20

5. Isozaki H, et al : Significance of Microcalcifications on Mammography in the Surgical Treatment of Breast Cancer Patients with a Preoperative Diagnosis of Ductal Carcinoma in Situ by Core Needle Biopsy. Acta Med Okayama (2019) 73:349-356.

6. Isozaki H, et al. : Mucinous Carcinoma of the Breast: Clinicopathological Features and Long-term Prognosis in Comparison with Invasive Ductal Cancer. A Single Hospital’s 30+-year Experience. Acta Med Okayama (2020) 74:137-144

乳がん経験者絆深める おおもと会

2023年9月18日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

消化器開腹手術の切開創感染予防 筋膜下にドレーン留置

2023年7月17日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

脱毛防止に頭皮冷却装置

2023年7月3日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

術後のより良い生活を重視

2020年10月19日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

患者と歩むパートナーに

2019年3月18日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

根治目指すには手術を

平成30年12月3日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

病院の実力 乳がん

平成30年10月21日(日) 読売新聞朝刊に掲載

今年も、そして今年こそマンモグラフィー検診を

平成30年3月19日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

胃切除後障害の少ない胃がん手術

平成30年3月5日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

第37回おおもと会

平成29年4月23日(日) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がんサポート⑥ホルモン療法中の生活への支援

平成28年7月18日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がんサポート⑤手術後の生活への支援

平成28年7月4日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がんサポート④心理的支援Ⅲ~乳がん手術後に焦点をあてて

平成28年6月20日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

第36回おおもと会

平成28年6月19日(日) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がんサポート③心理的支援Ⅱ~手術前後

平成28年6月6日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がんサポート②心理的支援Ⅰ~検査・診断から治療開始まで

平成28年5月2日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がんサポート①検診に行きましょう

平成28年4月18日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

専門病院の力

平成27年4月20日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

漢方薬

平成27年4月6日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

山陽新聞賞

平成27年1月3日(土) 山陽新聞朝刊に掲載

スペシャリスト

平成26年9月15日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

変わる病院

平成26年8月4日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がん手術を受けられた方へ

平成26年7月21日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

健康長寿

平成26年5月5日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

乳がん

平成24年10月1日(月) 山陽新聞朝刊に掲載

松岡良明賞

平成24年9月11日(火) 山陽新聞朝刊に掲載

JMATおかやま

平成24年2月3日(金) 毎日新聞朝刊に掲載

胃がん

平成23年9月5日 山陽新聞朝刊に掲載

乳がん

平成23年6月6日 山陽新聞朝刊に掲載

ワンポイントクリニック

平成22年9月6日 山陽新聞朝刊に掲載

病を治す 病と付き合う

平成22年7月19日 山陽新聞朝刊に掲載

秋の叙勲

平成20年11月3日 読売新聞朝刊に掲載

岡山の病院力

平成20年5月20日(火) 山陽新聞朝刊に掲載

病院の実力

平成20年1月6日 読売新聞朝刊に掲載

活躍する専門医Ⅱ

平成18年11月18日(土) 山陽新聞朝刊に掲載

 がん手術はがん病巣を取り残さないことが基本。残すと転移、再発する。特に胃がんは胃の周囲にあるリンパ節転移の判断が難しく、これまでは主に広範囲全摘、つまり胃全体と周囲のリンパ節を含めて広く、徹底的に除去する手術が行われていた。

 磯﨑博司おおもと病院副院長(消化器外科)は、がんが最初に転移するセンチネルリンパ節を手術中に診断して切除範囲をできるだけ縮小、機能温存する早期胃がん手術を実施している。

 「他の病院で早期胃がんと診断された。四分の三切除する胃亜全摘が必要と言われた」と五十代後半の患者が、岡山市大元、おおもと病院外来に来た。

 磯﨑が手術することになり、手術プランを考えた。がん病巣は胃中部やや上にあり、粘膜下層でリンパ節二郡までのかくせいが必要だが、手術中に色素を使ってがんが最初に転移するリンパ節を見つけ、凍結病理標本にし、顕微鏡で転移の有無を確認。転移がなければ、病巣部だけの小範囲切除にとどめ、安全のため色素が流れ込むリンパ節領域を摘出する。万が一、検査結果がリンパ節転移となれば、胃亜全摘を行うことにした。

 手術三日前、内視鏡で病巣から二㌢離れて囲むように金属クリップでマーク、ここまでがんが広がっていないことを確認する。手術日、内視鏡を挿入して、開腹。内視鏡で色素をがん病巣周囲に注入、最初に転移する可能性のあるリンパ節(センチネルリンパ節)が染色され、これを摘出して病理診断へ。その間手術は続行、染色された領域を摘出する。検査結果が転移していないと出たので、がん病巣部を短冊状に胃の三分の一を切除、三分の二は温存できた。手術時間は二時間、出血四十㏄。十日間で退院した。

 なぜ、切除範囲を小さくし、温存するのか。胃の入り口・噴門は胃液の逆流を防ぎ、胃の出口・幽門は小腸への流出をコントロールする。幽門を摘出されると急な流出で、めまいや冷や汗などダンピング症候群を起こす。噴門や胃の迷走神経を切除すると逆流性食道炎による胸やけ、下痢をおこす。一度の量を少なくし、何度かに分けて食事することが必要になるなど日常生活に支障をきたす。がんは取れたが、生活の不便さが出る。手術中、センチネルリンパ節診断を行い、縮小、温存するこの手術方法は患者の手術後の生活に大きなメリットをもたらす。

 磯﨑は一九七四(昭和四十九)年、岡山大学医学部を卒業、第一外科入局。胃がん拡大根治術で知られる陣内伝之助・教授の直弟子岡島邦夫助教授(後に大阪医大教授)につき、胃がん手術を学んだ。胃がん治療の最大の壁・リンパ節転移の研究に取り組み、岡山大助教授時代、十六関連病院で世界初のセンチネルリンパ節の手術中診断による切除範囲決定の手術法を共同研究し、日本胃癌学会西記念賞を受賞した。これから広がる手術法と期待されている。

 胃がん手術は千例を突破、大腸がん五百例、肝胆膵がん百五十例。

ライフサイクルに応じ支援

平成18年8月12日(土) 山陽新聞朝刊に掲載

 大久保さんは岡山県立短大看護科(現・県立大保健福祉学部看護科)卒業後、乳がん治療で県内有数の実績があるおおもと病院で二十年近くキャリアを積んだ。「臨床で学んだ乳がん看護を専門的に深めたい」と、千葉大に開講された乳がん看護の認定看護師教育課程を、昨年夏受験し合格。一期生二十一人の一人として今年三月まで半年間、授業や実習など計六百時間の課程を修め、五月の認定審査に合格した。

 近く認定看護師の登録者として正式に発表される。

 研修で印象深かったのが、わが国のがん治療拠点である国立がんセンター中央病院(東京)での一カ月余の実習。ベテラン看護師も実習生に戻って、患者と接するうち「終末期だけでなく、治療が順調に進み自立しているようにみえる人も、実は大きな不安を抱えているのに気付いた」。患者の中には意思の治療説明に一度は納得しても、その後不安になって手術に踏み切れない人もおり「悩みをじっくり聞いて、情報を提供する必要性をあらためて感じた」という。

 乳がんは、多くのがんで治癒のめどとなる治療五年以降でも再発が起こりうるため、根治の目安を十年に置いている。手術後も外来で放射線治療やホルモン療法、抗がん剤による化学療法を続けることが多い。

 「治療経過が長いため、結婚や出産、仕事など患者のライフサイクルに応じ治療を続けられるようサポートするのが大切」と大久保さん。家庭や職場で中心となる四十~五十代の患者も多く「元の生活に戻れるよう支援したい」と語る。

 また「女性にとっては手術で乳房を失ったり、化学療法の影響で髪の毛が抜けるのはショックが大きい」と指摘、精神的なケアにも力を入れたいという。

 大久保さんは今後、おおもと病院で病棟担当の主任として患者の看護とともに、他の看護師の指導にもあたる。「皆で一緒に勉強して、チームでより良い看護を提供したい」と張り切っている。

岡山医療ガイド

平成18年5月10日(水) 岡山医療ガイド「病院訪問」動画インタビュー

『病院医院の理事長、院長などが病院の診療内容、基本理念、特徴的な治療体制について話す「病院訪問」のシリーズ第7回として、おおもと病院(岡山市大元)を紹介する。山本泰久病院長が同病院の概要、乳がん治療、磯﨑博司副院長が胃がんや大腸がんの治療などについて動画インタビューで話す。』
(平成18年5月10日山陽新聞朝刊より)

【内容】 ①病院の概要
     ②乳がんの診断法
     ③乳がんの治療実績
     ④胃がん、大腸がんの治療実績、EMRと手術
     ⑤入院日数と化学療法、手術後の通院日数

URL http://iryo.sanyo.oni.co.jp/kikaku/visit/visit.html

活躍する専門医

平成17年10月28日(金)山陽新聞朝刊に掲載

岡山市大元、おおもと病院の診療科は乳腺外科と消化器外科の二つ。
乳がんと胃がん、大腸がんの専門病院として知られる。
2003年乳がん手術件数は二百四十例で岡山県トップ。

四十代の女性会社員は乳がん検診で、医師の視触診を受け、右乳房の上の外側にしこりがあり、マンモグラフィー(乳房エックス線撮影)で1.5cmのがんが発見された。乳がんの進展度は0、Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ期に分類されるが、2cm以下で乳房の外へ拡がっていないⅠ期。
主治医になった山本院長と患者の話し合いでできるだけ乳房を残す温存術、切り取った後を形成する再建術を強く希望。山本院長は「まず、がんをきれいに取ること。いろいろ検査をし、手術中に切除した組織の周辺にがんが残っていないこと、きちんと切除されていることを確かめて、安全性が確認できれば、そうしましょう」と答えた。

手術では、がん病巣は1.5cmだが、安全に直径4cmの円形に切り取った。乳頭の下面乳腺組織は切除したが、乳頭は変形なく温存された。温存術の後、切除部分に空気を注入、五日間冷やすと、空気は吸収され、リンパ液がたまり、もとの形が保たれる。この温存術を山本院長は医学書の「乳房温存手術の工夫とポイント」の項で執筆、経験から生まれた独自の方法を公開している。手術は一時間で終わり十日後、退院した。

手術後、放射線、薬物療法はケースにより必要。山本院長の持論は「ホルモン療法はした方がよい。抗ホルモン剤は遠隔転移、局所再発を抑制できる。抗がん剤はがんの悪性度、リンパ節転移などを見て行う。」

山本院長は1977年、岡大病院総病棟医長からおおもと病院を開設し院長に就任した。以来28年間、乳がん手術3,673例に及ぶ。現在の治癒率は2cm以下の十年生存率90%。2~5cmは80%。温存率は全体の40%。1950年代は輸血が普通だった乳がん手術を出血量を少なくし、輸血なしで手術したのも山本院長だった。今、早期がんは日帰り手術もしている。

毎年三万五千人の女性が乳がんにかかり、女性では胃がんを抜いてトップの罹患率。年代別では五十代が最多で、三十代後半からの働き盛りの女性に増えている。それだけに乳頭や乳房の形を崩さない手術が求められ、医師が患者の希望に沿って手術するケースも増えている。「身長、体重、乳房の大きさ、形も違う。それぞれの患者のオーダーメード治療ができる技術が医師に要求されている。女性の胸ですから、切除を可能な限り小さく、機能的に、形良く仕上がるようにしている。」と言う。

「スモール イズ ベター。がんが小さければまず大丈夫。がんの拡がりが大きければ、抗がん剤も必要になるし入院も長く、費用もかかる」と山本院長は話す。高知・室戸で生まれ、黒潮の中で泳いで体を鍛えた。今も週四日、水泳をし、体力維持。手術場に立ち「過不足のない手術」を実践している。

早期胃がん最新手術法

平成17年4月16日(土)山陽新聞朝刊に掲載

早期胃がんで、元の機能をできるだけ温存する手術が注目されている。がんが最初に転移するリンパ節とみられる「センチネルリンパ節」の術中診断を基に従来より切除範囲を少なくする手術法。患者は術後も、食事量など生活の質をほとんど落とさずに済むという。

センチネルリンパ節は、腫瘍から最初のリンパ流を受けるリンパ節。このリンパ節を、検索色素やラジオアイソトープ(放射性同位元素)を用いて手術中に見つけ、がんの転移の有無を迅速に診断。その結果から手術方針を決める方法が研究され、乳がんの手術などでも臨床応用されている。

胃がんのリンパ節転移の有無は、手術中でも肉眼ではほとんど判断できない。しかし、「貴重な判断材料となるセンチネルリンパ節を調べれば、転移具合がほぼつかめ、切除範囲の決定に大変役立つ」と言う。これに基づき、転移がなければ、胃の切除範囲を少なくする。

▽胃の入り口の噴門や出口の幽門、周囲の神経系を温存する
▽がん転移の可能性のあるリンパ節領域のみを取り除く。

従来の外科手術では、胃の三分の二以上と幽門を切除することが多い。しかし、幽門がないと、食物が急に小腸に流入し、めまいや冷や汗などのダンピング症候群が起きる。また胃液が逆流するのを防ぐ噴門、体重維持などを図る迷走神経を切除すると、それぞれ逆流性食道炎による胸やけ、下痢に悩まされる。機能温存手術は、腫瘍が4cm以内の早期胃がんに施す。

具体的には開腹する一方、先端にレンズや治療器具の付いた内視鏡を口から胃に入れる。モニター映像を見ながら、腫瘍の周囲四ヵ所の粘膜下層に色素を注入、色素はリンパ管を通じリンパ節に流入する。この際、青く染まる所がセンチネルリンパ節で、平均三、四個を摘出し、転移の有無を病理医が迅速に診断。転移がなければ、腫瘍の上下各2cmの所で胃を短冊状に切除、再発防止のため同リンパ節周辺領域も郭清(切除)、縫合する。転移があれば、従来の手術のように広範囲を切除する。

磯﨑副院長は岡山大学医学部助教授時代の2000~02年、同大学関連の十六病院で、胃がんでは世界初のセンチネルリンパ節に関する多施設共同研究を実施。この結果では、実際はリンパ節転移があったのに、センチネルリンパ節診断で「転移なし」と判定された割合(偽陰性率)が11%あった。しかし、自身が直接手掛けた症例では偽陰性例はない。磯﨑副院長は「この手術の実施施設は全国でも少ない。しかし、同リンパ節に関する大規模な臨床研究が開始されており、一般病院に広がっていくだろう」と話している。

乳がん検診にマンモグラフィ導入

平成16年3月30日(火)山陽新聞朝刊に掲載

座談会出席者
 岡山県成人病検診管理指導協議会
 乳がん部会委員         山 本 泰 久
 会社役員(おおもと会会長)   石 井 美津枝
 岡山市長            萩 原 誠 司

乳がん検診にマンモグラフィ導入
日本では毎年約一万人が乳がんで死亡している。三十代から六十代までの女性の死亡原因の一位となっており、対策が急がれている。岡山市は、新年度から罹患率の高い五十代の女性を中心に、視触診と併せてマンモグラフィ(乳房エックス線撮影)による乳がん検診を始める。乳がん検診の重要性と健康づくり対策などを話し合ってもらった。

◎取り組み

萩原 / 岡山市は“国際・福祉都市”を目指している。福祉の原点は健康であり、そのためにも検診制度の充実は不可欠だ。これまで、乳がん検診は三十歳以上の女性を対象に視触診で行ってきたが、がん発見率は、0.04~0.07%と全国平均(約0.1%)よりかなり低い状態が続いていた。医師会の一丸となった努力などで、発見率は向上してきたが、乳がん検診充実への市民の要望も多く、新年度からはマンモグラフィによる診断も取り入れることになった。

山本 / がん発見率が低いことから、県医師会は小谷秀成会長と岡崎邦泰理事が主導で乳がん検診の精度向上に努めてきた。2001年から検診医に乳がん講習を三回以上受講することを義務づけている。その成果はすぐに現れ、岡山市の乳がん発見率は2001年度には前年度の約四倍の0.17%に上昇した。イギリスやアメリカでは四十歳代は視触診との併用だが五十歳以上はマンモグラフィだけで検診をしている。日本人の乳房は、小さいので視触診が有効だ。ただ、視触診は医師の経験や知識などが大きく影響するので、マンモグラフィと視触診を併用することで、発見率が格段に高まることが期待されている。

石井 / 二十七年前に乳がんの手術を受けた。当時は検診制度も整っておらず、“がん=死”と思われていた時代。元気になる方が不思議なくらいだったが、今は早期発見できれば乳がんは治るものという認識が強くなっている。検診制度が充実したことはとてもうれしい。

萩原 / かかりつけ医に相談すれば、あとは手続きに手を煩わせなくてもすむように簡単なシステムにしている。早期発見できれば、それだけ幸せな人が増えるということ。乳がん検診の受診者は年間市内で二万人程度で、検診対象者の15、16%だが、30%以上に伸ばしていきたい。また、視触診での乳がん発見数のうち早期がん発見率は40~45%だが、マンモグラフィと視触診の併用で70%にまで上げていきたい。

◎現状と対策

石井 / 1981年、乳がん手術を受けた患者たちで「おおもと会」を結成した。年に一回集まり、日ごろの悩みや生きる喜びを語り合っている。みんな励まし合い、明るく頑張っているが、やはり女性にとって乳房を切除することはとてもつらいこと。精神的な負担が大きく手術後に引きこもってしまう人もいるほど。自分で体の変化が見えるだけに、手術をしたことを思わない日はない。

山本 / 温存療法が発達したとはいえ、現状では乳房を残してもいい症例は約三割。早期発見できると約七割が乳房を残すことができるようになる。検診制度の充実で早期発見率が高まれば、病気に対して自信を持って対応できるようになり、QOL(生活の質)も高まる。

萩原 / 乳がんの予防や気をつけておく点は。

山本 / 初回妊娠が三十歳以後の人や、肥満の人、母親や姉妹が乳がんになった人などが乳がんになりやすい。不妊治療のためのホルモン療法や、ピルを四年以上連続服用することも要因のひとつ。早期に発見するためには日ごろから自己検診をしておくことも大切だ。体の変化に気づけば、かかりつけ医に相談すればいい。

石井 / 私も姉が乳がんになっていたこともあり、早く変化に気づいた。おかげで、今でも元気にいることができる。自分の体は自分が一番よく知っているので、自己管理は大切だ。

◎今後の展開

萩原 / 岡山市は検診制度の充実のほかにも「健康市民おかやま21」という運動を進めている。すべての市民が健康で自分らしく生きることを目的にしたものだ。そのために市では、公園をグラウンドゴルフなど六十歳以上の市民も運動ができるように整備していくほか、地域の拠点施設である学校のプールや体育館などを地域の健康づくりに使えるようにしていく動きも始めている。

山本 / 健康づくりは医師だけでなく、薬剤師、保健師、栄養士、運動コンサルタント、ケアマネージャーなど多くの人とかかわりながらしていく方がいい。

石井 / 病気だと分かったときや、手術前後は不安が大きいので、精神面のケアにも力を入れてほしい。

萩原 / 心の健康も重視し、教育と福祉を結び付けて公民館での活動展開も考えている。また、高齢者の体力維持や健康増進を目指し、ふれあいセンターで「パワーリハビリ」の手法を導入した事業を行う。適度な筋力トレーニングをして介護予防につなげるほか、仲間と交流しながら行うことで心の健康増進も期待できる。健康は生活習慣が基礎。そして万が一に備え検診の充実、治療の発展、治療後にも強く生きていける社会づくりを整えていく必要がある。岡山に住めば健康に暮らせると思えるようなまちづくりをしていきたい。

岡山市は新年度、乳がんの早期発見を目指し、視触診とマンモグラフィの併用による検診を始める。二施設同時併用方式は全国的にも珍しく、精度の高い判定ができる。マンモグラフィによる検診対象者は、五十~六十四歳の偶数年齢の岡山市在住の女性。実施期間は六~十一月の六ヶ月間。自己負担金は二千五百円。

受診者は岡山市内のかかりつけ医を受診し、問診と視触診を受ける。マンモグラフィ検診希望者は、かかりつけ医にマンモグラフィ撮影機関に予約してもらい、指定された機関で撮影する。受診者は再度かかりつけ医を受診し、総合判定と結果説明を受ける。最初の受診から約三週間で結果が分かる。

かかりつけ医については、診療科目にかかわらず岡山県医師会が開催する乳がん検診講習を受けた医師のみが検診を行うことができる。検診に関するお問い合わせは、岡山市保健所保険課(086-803-1263)へ。

◎自己検診法

二十歳を過ぎたら、月に一回は自己検診をしよう。乳腺は、整理直前直後は張っているため、毎生理が終わって数日以内に、生理のない人は毎月決まった日に行うとよい。鏡に乳房を映して、形や皮膚の色に変化がないかを確認し、実際に触ってしこりがないかを調べる。調べる乳房とは反対の手で、てのひらや指先で全体をなでるように触わる。乳頭から異常な分泌物があるかどうかも確認しておく。